BEEK DESIGN
BEEK DESIGN is Creative Desgin Group in Yamanashi, Japan.

Archive for 12月, 2016

so far

2016年も終わろうとしている。いまだ仕事が納まらない中、今年を振り返りってみるなんてベタなことをしてみようかと。書くことで思い出すし、標しになるし。

今年はとにかく今までBEEKの活動で蒔いた種が、土に根を張り時とともに芽を出し少しずつ成長していくのを実感した。
会ったこともない人からBEEKを見たといって仕事の依頼が来たり、繋がりができていた人とも一緒に、同じ目線でデザインや編集の力でいろいろな物事を進められた気がする。もちろんまだ継続中な話もあるし、これからワクワクする話もある。山梨に帰ってきて4年目、そしてBEEKは5冊出すことができた。まだ道半ばでできていないことのほうが多いのだけれど、こうなったらいいなという小さな願望の小さな一歩を踏めた気がしている。

ぼくは新しいものは何一つ生み出してはいない。新しいものや想いを生み出す人の伝えるお手伝いを、編集という手法とデザインという手段で伝えている。
ぼくの仕事は伝える仕事。
やまなしのアートディレクターと名乗っているのは、やまなしの人や暮らしをBEEKやふだんのデザインや編集という仕事でも伝えるため。山梨で、山梨から。

東京に住んでデザインの仕事をしている時は、自分の仕事の“役目”がまったく実感できずわからなかった。
でも今は、“やまなしの人や暮らしを伝える”という役割を勝手に自分で作って、それをかたい言葉でいうと“使命”と思っている。ぼくの思い込みは激しいのだ。
役割がわかると迷うことがないのでとても楽になった。もうそのことについて、ただただ邁進すればいいのだから。
地方には誰かが担わないといけない役割が多くある。人が少ないからというのもあるし、地域の問題も多いし、それを解決するクリエイターや交渉人や地域に関わる人が求められている(声には出てこないけど、実際いることで変わることが多い)というのもある。地方でデザインの仕事をするほうがクリエイト力を求められ、都会のデザインなんかでは太刀打ちできないことが多い。それを思い知ったこの4年間。
そんな中でぼくがいましている活動は、勝手な使命感。でもこの言葉はとても好きな言葉。
そう、勝手にぼくは山梨を広告しているつもりでいるのだから。

今年はいろいろな意味で、手が足りなかった。とてもありがたいことなのだけど、やるべきことが後手にまわっているのも事実。この事象を解決するには、仕事を役割に沿った仕事にしぼっていくという方向性か、人手を増やすという方向性か、はたまたその両方か、と思っている。
2017年はその決断をしようと思っている。
ひとつ思っていることは、BEEKという小さなメディアをもっと丁寧に育てて、すべてをそこに集約したいということ。
ぼくにしかできないこと。それは今BEEKを作っているということ。

あたらしい年を前に、なんだかワクワクしている。
ワクワクしない人生なんて、ぼくは過ごしたくない。

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人間38年もやっていると、だいたいのことに慣れてきてしまっているような。
目にするもの、食べるもの、触れるもの。日々の生活。あたりまえを疑わないというか。
今日も街行く人が歩きながら見ていたスマホだって、こんなにあたりまえになってしまっている。
ほんとうのことがその中にある、ような気がしているだけで、ほんとうのことなんてほんとうは自分の半径数メートルの範囲の中にしかないのかもしれない。
自然から遠ざかるほど、決定する意志は鈍るし、些細なものごとの変化や美しさを捉える感覚は薄れてしまうのではないかと思っている。
すぐ近くにほんとうはあるのに。
スマホから目を外した視線の下にある野草にだって、ほんとうのことがたくさん詰まっている。
自分の気持ちを整理すると、ほんとうに願っているのは些細なことと、大それたことの両極端だった。

もういくつ寝ると、お正月だなぁ。

気づいたら今年もいろいろな場所で集合写真をかなりの数撮っていました。
(ここに載ってるのはまだまだ一部です)
なんか気づくとカメラを持っているぼくが写真を撮る流れになっているという。ええ、それも嬉しいんですよ。
こうやってみるといろいろな場所で撮っているなぁ。
自分で「集合写真撮りましょー」と言ってみることも増えました。趣味は集合写真を撮ることって言おうかな。

いつもカメラをぶらさげているおじさん。
写真で何かを伝えたい、記録を少しでも残したいと想っていれば、写真の「プロ」とかそんな境界はぼくは何の関係もないと思っています。あ、でもお金をもらう職業と考えると関係あるのかな。フィルムカメラでもちゃんと残していこうという想いも最近よみがえりました。

来年もBEEKと写真と日々を。

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つい最近までタイヒバンで料理を振る舞っていた料理家でみんなのおかあさん、森本桃世さんが山梨に来た。五味醤油のKANENTEをジャックして、3日間発酵をテーマにワークショップの先生をするために。桃さんには東京で僕がホストで出演したトークショーの時に、ケータリングで山梨の食材を使って料理を作ってもらった。ぼくはタイヒバンには行ったことなかったのではじめて桃さんの料理をそのイベントの時に食べたのだけど、ほんとうに美味しくて。ほんとうに美味しい料理は、想い出ごと脳裏に焼き付いた。匂いやその時の空気感まで脳に焼き付けられた。

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美味しいって美しい味。美しさって味を感じる味覚からしたらいらない要素なのかもしれない。
でも美しさって、その場だったり盛りつけだったり一緒に食べる相手だったり、外部要因としてとても重要なことなんですよね。
食べることを楽しむことが、人生を楽しむことに直に繋がるのかもしれない、と本気で今は思うようになった。

今日も何かを食べる、食べる、食べる。これからも食べる、食べる、食べる。食べることは生きること。できるかぎり、美味しい時間を。

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場所

最近場所が気になる。
場所とはつまり空間。その空間の中に、その人がやりたいことや伝えたいこと、目指す未来が詰まっている場所には自然と魅かれるし、何度も訪れたくなる。敷居の高さというか訪れるのに「よし行くぞ」と心の袂を正す場所もあれば、ふらっと寄ってみたくなる気軽に行けるマテリアルが埋め込まれている場所もある。
空間とは、空の間。もとは空っぽの場所にどれだけの“間”をもたらせるか。場所をもっていないぼくは、とても気になっている。そして、場所を欲しいと思うようになっている。

BEEKは今はフリーペーパーとしてしか存在していないけど、このメディアを育てていく過程の先に、絶対的に場所は必要だと考えている。編集という力を借りて仕事をしているからこそできる場所づくり。小さくはじめた場所を育てていく。
友人たちも少しずつ動き出している。BEEKとしてできること。街に溶け込むようにそこにあること。

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富士吉田のハタフェスで「ハタオリマチノキオク」という写真展を企画して、歴史もある街の記憶を写真という記録にして残して街に反映させようと。
写真はご縁がめぐって濵田英明さんに撮ってもらいました。濱田さんとは1年ちょっと前に北杜市で手伝ったkinfolkのイベントでご一緒していたのですが、濱田さんの写真が好きでただのファンだったぼくはそのときはあまり話ができずじまい。今回は音楽会に出る田辺玄くんたちとの交流もあったので、引き受けてもらえました。

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撮影も同行して濱田さんが写真と向き合う強さを肌で感じました。
撮る、という行為。残したい、という気持ち。記憶が記録に宿る瞬間。

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ぼくもこれからさらに写真に、自分なりに向き合おうと思いました。
いったい自分は何を残したいのだろう、と。

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富士吉田市主催の秋祭り「ハタオリマチフェスティバル」が11/12・13に開催されました。
ぼくは実行委員の一人として、企画からアートディレクション、当日の運営まで任してもらえました。
とにかく盛りだくさんの内容なので、当日の様子は日本のものづくりを伝えるメディア「しゃかいか!」さんが丁寧に、しかもロングな内容で記事にまとめてくれました。これを見ればだいたいのことがわかるので、お祭りの様子はこちらで。
終わってみて課題もいろいろ見えたのですが、両日天気もよくてよい雰囲気でいろいろな人に街を歩いてもらえたのが嬉しかったです。

しゃかいか! ハタフェス記事前編

しゃかいか! ハタフェス記事後編

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実行委員は主に僕と富士吉田の宿、SARUYAの赤松、さらに北杜市の僕の家の近所に引っ越してきた元手紙社の藤枝さんに声をかけてこの3人を中心に企画を進めました。
いまや富士吉田で実績を残した地元の顔の赤松、今まで手紙社で布博を立ち上げから担当しテキスタイルブランドに明るい藤枝さん。そんな頼れる2人と、どうやってお祭りを作り上げようかというところから話し合ってきました。
とにかく富士吉田市役所の富士山課の方々が、最初から最後まで僕らのような若輩者を信頼してくれて、予算も全て公開して託してくれて進められたのはとても大きなことでした。
今回声をかけてくれた富士山課の勝俣さんが、以前BEEKで作ったLOOMという織物を伝えるフリーペーパーのお披露目の音楽会に来てくれとても感動してくれました。それが今回のイベントに関わらせてもらう繋がりになったというご縁も嬉しかったです。
去年はLOOMで富士吉田の魅力を発見し、今年はその魅力をイベントという形で広めるお手伝いができました。LOOMを作っているときはまだ、ここまで街や人に反映することができるようになるとは思ってもいませんでした。

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僕は音楽会と写真展をメインで企画し、尊敬するアーティスト、クリエイターを呼べたことも嬉しかったし、アウトプットされた音楽と写真の力に心をつかまれて胸が熱くなりました。
音楽に田辺玄くん、森ゆにさん。そして写真と映像は山梨を撮ってほしいとずっと本気で思っていた方、濱田英明さん。計3日間吉田に通ってくれて、ハタオリマチのキオクを撮ってもらえました。
街を映像と音楽に反映させ、それが見事に融合していて素晴らしかった。来ていただいた方々にもその片鱗が伝わったのであれば、ぼくがやまなしで仕事をする意味がここにあったのだと思います。
大人数を呼ぶためのイベントではなく、少人数でも確かに伝わる人たちに、今の街のありのままを伝えることが目標でした。

img_6421 520a0663 520a0630来年もハタフェスを開催することが決定しました。
富士吉田や山梨をもっと知って、次回も多くの人にこの街を、山梨を楽しんでもらえるような場を作れる力をつけたいと思います。

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